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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10424号 判決

反訴原告

江森敏之

反訴被告

佐野守

主文

一  反訴原告の請求を棄却する。

二  反訴訴訟費用は反訴原告の負担とする。

事実

第一当事者(以下反訴原告を「原告」と、反訴被告を「被告」と表示する)の求める裁判

一  原告

1  原告は、被告に対し、三二二五万七七七四円及び内二九三六万七七七四円に対する昭和五七年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和五七年四月二八日午前一一時二〇分ころ、埼玉県新座市野火止八丁目一番一六号先交差点(以下「本件交差点」という)において、青色信号に従い右折しようとした被告運転の普通貨物自動車(以下「甲車」という)が直進進入してきた訴外金正龍(以下「金」という)運転の普通乗用自動車(以下「乙車」という)の左側面に衝突し、乙車に同乗中の原告が受傷した(以下これを「本件事故」という)。

2  責任原因

被告は、甲車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  傷害の内容・程度と治療の経過

(一) 原告は、本件事故により頭部外傷、頭部挫傷、左踵骨骨折、左手関節・左膝挫創及び頸椎捻挫の傷害を負い、以下のとおり治療を受けた。

(1) 高田整形外科病院(以下「高田整形」という) 昭和五七年四月二八日から同年六月二四日まで五八日間入院、同月二五日から昭和五八年四月一六日までの間に一九日間通院

(2) 東京医科大学病院(以下「東京医大」という)昭和五七年五月二七日通院

(3) 朝霞外科・整形外科病院(以下「朝霞外科」という)昭和五七年六月一四日通院

(4) 酵身道整骨院

昭和五七年七月二五日から昭和五九年三月二五日までの間に一五〇日間通院

(二) 後遺障害

原告は、右のとおり治療を受けたが、(1)左側頭部痛、左手部のしびれ、眼精疲労(夜盲)、左腰部・左関節痛としびれ及び左下腿萎縮等の自覚症状を残し、(2)左頭部顔面挫創瘢痕(一八センチメートル)、やや膨隆のみられる孤状挫創瘢痕、左上肢・下肢に沿う知覚低下、左踵骨骨折変形治癒、頸椎・足の運動機能障害等の将来にわたり回復の見込みのない後遺障害を残したまま、昭和五九年四月六日症状が固定した。右後遺障害の程度は、自賠法施行令二条別表所定の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という)一二級七号に該当する。

4  損害

(一) 治療費 二九九万六一六〇円

(1) 高田整形 一九一万七九七〇円

(2) 東京医大 三万八七五〇円

(3) 朝霞外科 七四四〇円

(4) 酵身道整骨院 一〇三万二〇〇〇円

(二) 後遺症の診断書代 五〇〇〇円

(三) 付添費 六万円

高田整形へ入院中、原告の妻が付添看護に当たつたところ、右に要した損害は一日当たり三〇〇〇円として、二〇日間の合計六万円である。

(四) 入院雑費 四万六四〇〇円

一日当たり八〇〇円として、五八日間の合計四万六四〇〇円

(五) 通院交通費 六四万一〇〇〇円

(1) 高田整形

自宅から病院までに要したタクシー代(往復二一四〇円)一二日分の合計二万五六八〇円

(2) 酵身道整骨院

同タクシー代(往復七四〇〇円)八〇日分の合計五九万二〇〇〇円及び右通院に利用した自家用車(ベンツ)のガソリン代(一リツトル当たり一四〇円として往復に五リツトルを要したので七〇〇円)七〇日分の合計四万九〇〇〇円

(六) 休業損害 一一二〇万円

原告は、本件事故当時訴外株式会社東京オートサービス(以下「東京オート」という)から月額五〇万円、訴外東邦化工(以下「東邦化工」という)から月額三〇万円の収入を得ていたところ、本件事故のため昭和五七年四月二八日から昭和五八年六月末日まで一四か月間休業を余儀なくされ、合計一一二〇万円の損害を被つた。

(七) 逸失利益 一九三二万〇一三四円

原告は、本件事故に遭遇しなければ四一歳から六七歳まで少なくとも九六〇万円以上の年収を得られたはずのところ、前記後遺障害のため一四パーセントの労働能力の喪失を余儀なくされたから、中間利息控除につきライプニツツ方式を採用して右の間の逸失利益の現価を算定すると、次式のとおり一九三二万〇一三四円となる。

(80万円×12)×14.375×0.14=1932万0134円

(八) 慰藉料 四七五万円

(1) 傷害による分 二〇〇万円

原告は、前記のとおり傷害を受け、長期間の入通院を強いられたうえ、右傷害による長期間の休業のため東京オートを倒産のやむなきに至らせ、更に東邦化工を退職せざるを得なくなつたほか、本件事故当時有していた自動二輪の免許を失つたうえ、普通免許もノークラツチ式自動車に限定されるなどして事業活動に著しい制限を被ることとなつた。右により、原告が受けた精神的苦痛を慰藉するには二〇〇万円をもつてするのが相当である。

(2) 後遺障害による分 二七五万円

健康であつた原告は、本件事故により前記の後遺障害(後遺障害等級一二級と同一四級)を受け、一年中右障害に悩まされるほか、個人事業にも支障を来し、多大の精神的苦痛を被つた。右に対する慰藉料は二七五万円が相当である。

(九) 弁護士費用 二八九万円

原告は、被告が前記損害の任意の弁済に応じないため原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任することを余儀なくされ、着手金・報酬として二八九万円の支払をすることを約束し、右相当の損害を被つた。

(一〇) 損害の填補 九六七万六七〇〇円

(1) 治療費 二一九万六七〇〇円

(2) 任意弁償金 三三〇万円

(3) 自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という) 四一八万円

以上の損害填補を受けたので、原告の残存損害額は三二二五万七七七四円となる。

5  よつて、原告は、被告に対し、三二二五万七七七四円及び内弁護士費用相当額二八九万円を控除した二九三六万七七七四円に対する本件事故発生の日である昭和五七年四月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実及び被告の損害賠償責任は認める(ただし、金との共同不法行為責任である)。

3  同3の事実は、(1)の入院期間、(2)及び(3)の通院期間、(4)の通院(期間、回数を除く)は認めるが、その余は不知ないし争う。

4  同4の事実は、(一)の治療費のうち(二)及び(三)は認めるが、その余は不知ないし争う。ただし、(一〇)の填補額は認める。

5  同5の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがなく、被告は原告に対し後記認定の損害を賠償すべき責任がある。

二  そこで、まず、原告の被つた傷害の内容・程度及び後遺障害について判断する。

原本の存在、成立共に争いのない甲三、四号証、五号証の一ないし五、六号証、七号証の一ないし五、原本の存在に争いがなく、弁論の全趣旨により成立を認める乙二ないし四号証、六ないし八号証、成立に争いのない乙九ないし一三号証、二三、二四号証(一〇号証は原本の存在とも)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により頭部外傷、頭部挫創、左踵骨骨折、左手関節・左膝挫創、頸椎捻挫等の傷害を負い、高田整形に本件事故の日である昭和五七年四月二八日から同年六月二四日まで五八日間入院した後、同月二五日から同年七月九日までの一五日間に一二日及び昭和五九年一月九日から同年四月六日までの約九〇日間に五日の合計一七日通院、東京医大に昭和五七年五月二七日、朝霞外科に昭和五七年六月一四日に各一日通院し、更に酵身道整骨院に昭和五七年七月二五日から昭和五九年三月二五日までの間に一五〇日通院したこと、東京医大以下の通院は医師の指示によるものではなく、自らの判断によるものであること、昭和五九年四月六日、高田整形において、左上下肢の知覚低下、左踵骨骨折変形治癒、頸椎運動制限等の後遺障害が残存するとされながらも症状固定の診断を受けたこと、自賠責保険により後遺障害等級一二級七号該当の認定のほか身体障害者福祉法別表第四の第二(六級)に該当する旨の認定を受けたこと、昭和五七年七月初めころ(免許証の交付日は同年七月四日である)の自動車運転免許更新手続に際し、従来有していた自動二輪の免許の更新が拒否されたほか普通免許もノークラツチ式の限定付で更新したこと、原告は昭和六〇年四月当時においてもなお、従来の治療の効果がなく、左半身ないし身体の左側が常時しびれているほか、わずかな歩行にも杖を使用せざるを得ないとの後遺障害が残存している旨訴えていることなどの事実が認められ、右認定の限度でこれに反する証拠はない。

しかしながら、右認定事実のみから原告の後遺障害の内容・程度を判断することは疑問である。すなわち、高田整形の後遺障害診断(前掲乙八号証)によるも原告が日常生活を送る上で具体的にいかなる支障を被るのかについては必ずしも明らかでない上、昭和五七年一二月一七日当時における原告の行動を撮影した写真であることに争いのない甲一三号証の一ないし七及び弁論の全趣旨によれば、原告は右当時、原告の供述と相違し、既に歩行に杖を必要としていないばかりか、外形上正常人と変らない姿勢で走ることさえ可能であつたことが、また、自動車(ノークラツチ式のものかどうか定かではない)の運転も格別の支障なく行つていたことが明らかにうかがわれる(原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない)のであつて、前記高田整形の症状固定時期の診断には多大の疑問があり、原告の供述するしびれや歩行障害はにわかにこれを措信することはできず、したがつて、自賠責保険の後遺障害等級一二級の認定も右等級に沿う後遺障害の存在を肯認することはできないものといわなければならない。

以上によれば、遅くとも昭和五七年一二月初めころには本件事故による原告の後遺症状は固定時期に達しており、その後遺障害としては、頭部の瘢痕のほか左踵骨骨折の変形治癒のため正常人と比較した場合なお若干の支障が残つたものと認めるのが相当というべきであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  進んで損害について判断する。

1  治療費等 二二六万四八四〇円

原告の症状固定時期は前記認定のとおりであるが、医学的見地からする治療の必要性はまた別異に考慮すべき点もあるので、高田整形、東京医大及び朝霞外科に要した費用は一部診断書代を含めすべてこれを本件事故による損害と認めるのが相当というべきところ、前掲甲四号証、五号証の一ないし五、六号証、乙九号証及び一二号証によれば右損害の合計額は一九一万九八四〇円である。また、原告は、昭和五七年七月二五日から通院した酵身道整骨院に要した費用相当損害として一〇三万二〇〇〇円を請求し、前掲甲七号証の一ないし五、乙七、一〇号証によれば右費用として一部の診断書代を含め九四万六〇〇〇円が算定されるところ、前掲関係証拠を検討するも同整骨院における治療行為(その内容自体定かでないが、結局マツサージ、指圧の類に尽きるものと推認される)が、回数の点も含め、医学的見地からみて原告の症状に適応する治療行為として、必要かつ合理的なものであつたことを認めるに足りる根拠は見い出せず、多大の疑問が残るところであり、仮に一部これを肯定的に解する余地があるとしても、被告が填補した三四万五〇〇〇円(原本の存在、成立に争いのない甲一一号証)を超えては本件事故と相当因果関係のあるものとは認め難いものというべきである。

よつて、原告が本件事故により被つた一部の診断書代を含めた治療費相当の損害金は合計二二六万四八四〇円となる。

2  後遺症診断書代 〇円

原告の主張する後遺症診断書は、その特定がなく右費用の主張は失当である。

3  付添費 〇円

前掲甲三号証及び前記認定の原告の受傷内容によれば、原告が入院中付添を要したのは昭和五七年四月二八日から同年五月一八日までの一八日間であり、特段の主張、立証のない限り、右以降について付添いの合理性は認められないというべきところ、原告の主張する付添費は右以降の妻の付添いに要した費用であり、治療上の見地から右付添いの必要性、合理性を認めるに足りる特段の主張、立証はないから右請求は理由がなく、失当である。なお、入院治療中の患者にとつて、治療上の見地のみから行う付添いの必要性の判断は、患者が被る入院に伴う不便等を十分に評価し尽くすものではないことは容易に推認できるところであるが、右は慰藉料の算定に当たり考慮するのが事柄の性質に適するものというべきであり、原告の場合も同様である。

4  通院交通費 五万円

原告の傷害の部位、程度に照らし、一定期間の通院にタクシーを使用することもやむを得なかつたものと推認されるところ、前記認定の原告の高田整形への通院状況が受傷の回復状況、酵身道整骨院の治療の必要性、合理性に多大の疑問の残ること、タクシー料金の算出につき客観的資料の提出がないこと等を考慮し、弁論の全趣旨及びこれにより成立を認める乙二一号証の一、二を踏まえ、五万円の限度で本件事故と相当因果関係のある通院交通費相当の損害を認めるが、その余の請求部分は理由がなく失当である。

5  休業損害 二〇六万円

原告は、東京オートの代表取締役として月五〇万円のほか東邦化工に勤務して月三〇万円の合計八〇万円の月収を得ていたのに、本件事故のため一四か月にわたり休業を余儀なくされ、この間一一二〇万円の収入を失い右相当の損害を被つたと主張する。

しかし、前記認定の原告の後遺障害に関する事実に照らすと、原告は遅くとも昭和五七年一二月初めころにはほぼ従前どおり就労できる状態に回復していたことがうかがわれるほか、原告本人尋問の結果によれば、昭和五七年七月初めころには左踵骨折部のギブスが取れ、東京オートの事務所に出るようになりつつあつたこと、東京オートは中古自動車の販売、修理を目的とする会社であり、本件事故当時は原告とその妻が整備士を従業員に使用するなどして経営に当たつていたこと、原告が本件事故のため就労できない間は妻が事務所で営業に当たつていたこと、仮に原告の就労能力に制限があつても、職種の性質上整備士等を使用することによつて営業を続けることは十分可能であつたと思われること(原告本人尋問の結果中右に反する部分は措信しない)等の事実がうかがわれ、これらの事実を踏まえて原告の休業損害を考察すれば、原告は本件事故のため昭和五七年八月末までの約四か月間は完全な休業を、右以降一一月末までの三か月間は五〇パーセントの休業を余儀なくされ、右相当の休業損害を被つたものと認めるのが相当であり、右以降については、仮に原告に就労の事実がなかつたとしても、本件事故と相当因果関係のあるものとは認め難いものというべきである。

ところで、原告の収入の点であるが、原告はその主張の裏付けとして、昭和五六年度、五七年度の収入に関する源泉徴収票、確定申告書(控)、事業所得申告書休業損害証明書、特別区民税・都民税証明書等(原本の存在につき争いがなく、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙五、一七号証、官公署作成部分につき争いがなく弁論の全趣旨により成立を認める乙一四号証の一、二、原本の存在及び官公署作成部分の成立につき争いがなく、弁論の全趣旨によりその余の作成部分の成立を認める乙一五号証の一、二、成立に争いのない乙一八号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙一九号証)を提出するが、右各書証は、いずれも法定の提出期限を徒過し、本件事故後に作成、提出されたものであるとか、作成時期が不明である、記載の収入金額が同一年度に関するものでありながら相互に矛盾する、適式な記載要領を欠く所得が無いとしながら高額の役員報酬の支払を記載しているなど到底原告の主張を肯認するに足りる資料とは認め難く、他に、原告の本件事故当時における収入を的確に把握し得る資料はない。そこで、昭和五七年度の賃金センサス(男子労働者・学歴計・三五歳から四五歳までの年収統計値)を参考にして原告の本件事故当時の年収を四五〇万円とするのを相当と認める。

以上により、原告の休業損害を算定すれば、次式のとおり二〇六万円(一万円未満切捨)となり、右を超える請求部分は理由がなく、失当である。

480万円÷12×(4+0.5×3)≒206万円

6  逸失利益 一三五万円

前記認定のとおり、原告は昭和五七年一二月以降は症状が固定したものというべきところ、後遺障害の点について原告の労働能力の減少に具体的に結びつく事情を客観的に見い出すことは困難というべきであるが、その職種、傷害の部位、自動車運転免許につき限定免許となつたこと(ただし、これが永続するものかどうかは疑問の残るところである。)その他諸般の事情を考慮し、右症状固定時から三年間に限り、一〇パーセントの労働能力喪失に基づく逸失利益を被つたものとみるのを相当と認める。

そこで、原告の年収を前記の四五〇万円として、右の間に失つた得べかりし利益を算定すれば、次式のとおり、一三五万円となる。

450万円×0.1×3=135万円

7  慰藉料 三〇〇万円

本件事故の態様、原告の被つた傷害の内容、程度、入院・通院による治療の経過、その間妻に看護の労を求めざるを得なかつたこと、後遺障害の内容・程度その他本件に顕れた一切の事情を考慮し、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は三〇〇万円と認めるのが相当である。

8  損害の填補と残存損害額

原告が本件事故による損害につき既に九六七万六七〇〇円の填補を受けていることは当事者間に争いがないところ、前記認定のとおり原告が被つた本件事故と相当因果関係のある損害は合計八七二万四八四〇円にとどまるのであるから、原告は右損害の全額につき填補を受けていることとなり、もはや残存損害はないものといわなければならない。

四  よつて、原告の本訴請求はその余について判断するまでもなく理由がなく、失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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